公開日 2023年06月09日
三鷹にゆかりのある地を実際に訪れて確かめる「みたか探索マップ」。みたか都市観光協会の企画委員会メンバーが気になるところをピックアップし、皆で掘り下げ実現する楽しいプロジェクトです。
記念すべき第1回の探索地は、かつて三鷹市下連雀5丁目に製作所を構え、三鷹の産業を支えてきた日本無線。その100年の歩みを、今もなお三鷹に所在する事務所(本店)を見学させていただきながら学びました。
日本無線株式会社見学
日時:2022年5月26日(木)14時~16時
場所:日本無線株式会社 三鷹事務所(本店)
内容:①座学:「日本無線百年の歩みと三鷹市のつながり」
②見学:史料展示室
企画:渡邊安浩氏
講師:渡邊安浩氏、日本無線株式会社の皆さま
①座学
日本無線の現状紹介
日本無線株式会社 総務部長から、現在の事業活動・組織体制・製品群などをご紹介いただきました。
創立以来築き上げてきたコア技術をベースに、現在は「マリンシステム事業」「ソリューション事業」が主力事業となっています。
日本無線の百年の歩みと三鷹市とのつながり
続いて、企画発案者であり日本無線OBでもある渡邊氏が、創立から約100年間の歴史について説明しました。
1915年の創立後、1938年に三鷹の地に工場が建設されました。
2015年には長野事業所生産棟が新設され、三鷹の製作所は移転しましたが、現在でも三鷹の事務所が本店所在地となっています。
②史料展示室見学
日本無線の歴史と現在を学んだところで、さぁいよいよ史料展示室の見学です。
2組に分かれ、それぞれ社史編纂(しゃしへんさん)室担当者と渡邊氏に案内していただきました。
- ▲日本無線OBの渡邊氏
- ▲2組に分かれて見学
展示品は、電子管、送信管、キャビティマグネトロン、ラジオ用部品などを始め、古い時代の製品など。南方の海底から引き揚げられた無線機、レーダーなど貴重なものもありました。携帯電話・PHSなどは、さまざまな製品が揃っており、「これ使ってた!」などと愛用していた機種を懐かしむ参加者も。
主な展示品
キャビティマグネトロン、電子管(送信管)、電子管(受信管)、電子管(マイクロ波管)、電子管(表示管)、電子管(光学ファイバー記録管)、音響機器(ラジオ、ステレオ、テープレコーダー)、通信機器、 携帯端末機、海上用機器(レーダー、GPS、魚探)、測定器など
世界初のキャビティ・マグネトロン
マグネトロンの発明はかなり早い時期に行われたが、安定して高出力が出せるマグネトロンは無かった。日本無線の技術陣は銅の厚板を打ち抜いて作った陽極を考案し、さらに陽極を水で冷やす構造のマグネトロンを世界で最初に考案した。その後、同じ構造のものがイギリスで考案され、やがて米国にもたらされ、国を挙げてのレーダー機器の開発によって、太平洋戦争では既に全方位のデータを得るPPI方式のレーダーが全艦船に装備され、南太平洋での戦いでは、これらレーダーにより日本の艦船はことごとくやられてしまった。その頃日本では、このマグネトロンを使ったレーダーを艦船に装備したが、表示は単一方向のAスコープ方式がほとんどであった。
戦後の民需製品
終戦と同時に日本無線ではGHQから無線機の製造を禁止されてしまったため、何とか食べていかなければならないということで、民需製品の製造を模索した。その例でこれらは板金加工の「シガレットケース」「ヘアドライヤー」、真空管の硝子加工技術を応用した「体温計」など。電熱器なども製品化した。
海事衛星通信装置
赤道上に4個の通信用静止衛星(INMARSAT衛星)が上がっている。これら衛星を経由して船-船間、船-地上局間とで品質の良い通信を行うことができる。このシステムは日本無線のヒット商品の一つで当時、世界シェアの1/3以上を獲得した。ここに展示している機器はインマルサットーAシステム用機器でアナログシステムであるが、3年前にサービスを中止し、現在ではデジタル方式のシステムが稼動している。
GPSモジュールとGPS機器
最近では、携帯電話にもGPSモジュールが実装されているが、日本で最初に船舶用GPS機器を開発したのが日本無線であった。アウトドアなどで持ち運びができる携帯用GPSはこんな形をしていた(実際の展示品)。アンテナと本体の2つの構造である。測位場所の緯度経度が表示されるようになっていた。その後、GPS受信機は、モジュール化が進み、どんどん小型化され、ここの展示のような変遷をしている。ついにはPC版に実装される一つの部品のようになって携帯電話などにも実装が実現した。
船舶用レーダー指示器(3種)
船舶のブリッジに装備されている船舶用レーダーの指示器が展示されている。ここに展示されている機器は20年から30年前に製造されたもので、ブラウン管タイプの最後のモデルだそうである。現在はレーダーの指示器は一般のテレビと同様カラー液晶表示器を使用し、文字情報も豊富に表示できるようになっているとの事。この頃の回路には個別のIC、抵抗、コンデンサーが使用されていたが、現在では集積化が進み、これらの回路は一枚の基板に集約されている。写真の指示器はARPA(衝突予防援助装置付レーダー)のもので、レーダーで捉えた物標(他船)の動きを計算し、画面上にコースとスピードをベクトルで表示し、自船との衝突の可能性があり、危険な場合はアラームを発生するようになっている。
携帯電話とPHS電話機
日本無線が開発したNTTドコモブランドの携帯電話シリーズが全機種展示されている。見学会参加者の中にも実際に使用していたことがあって懐かしい、との声もあった。防水性能を持ったアウトドア向けの機種は、日本無線らしいニッチなマーケット向けの製品であった。
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▲ステレオ(TONIKA-D210)
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▲九八式空四号隊内無線電話機
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▲医療用超短波加熱用真空管(U242T)
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▲南極の石
まとめ
最後に、この日本無線見学を企画した渡邊氏はこう締めくくっています。
身近にあった日本無線が無くなってしまい、どうなってしまったんだろう?という疑問を持つ市民も多いことと思う。
企画委員会メンバーのちょっとした話の中から「(疑問)日本無線ってまだあるの?(答え)ありますよ!史料展示室もあるので、今度見学させてもらいましょう!」という展開になり、日本無線にお願いしたところ、快諾して貰え、今回の見学会が実現する運びとなった。
座学と見学会という2本立てとなり、座学は「日本無線百年の歩みと三鷹市とのつながり」という表題で企画委員会メンバーで(元)日本無線の渡邊が担当することになった。日本無線の創業のいきさつ、発展の様子や日本無線で作られていた製品などについて解説した。
史料展示室の見学は、日本無線側からは社史編纂室担当者と企画委員会の渡邊の2名が説明を行った。上記報告のとおり、貴重な製品群に接する良い機会となり、参加者全員が感銘を受けた。
座学に先立って、日本無線側から総務部長より日本無線の現状などについてもプレゼンで詳しく紹介いただいた。
日本無線株式会社は、現在日清紡の100%子会社となっているが、中野に本社、長野に製造拠点、川越にソリューション事業部の拠点、辰巳にマリンシステム事業部の拠点、日野に配送センターなどを構えて活動している。三鷹には本店登記された三鷹事務所が存在し、関連会社含め建物全体で従業員約100名程度が働いている。
三鷹市の元気創造プラザには、日本無線の名を冠した「日本無線中央広場」もあり、三鷹市と日本無線のつながりは、今後も続く見通しである。
日本無線株式会社の皆様、貴重な機会をいただきまして誠にありがとうございました。
企画委員会とは
三鷹市民を中心に、市内外で活動する個人や団体、企業など、観光振興等に興味があればどなたでも参加できる委員会。平成22年に発足し、みたか都市観光協会が事務局を担っています。
観光協会の事業協力のほか、「自分でやる」「人のせいにしない」「無理をしない」「人の話を聞く」という約束のもと、それぞれが自由な提案や協力依頼などを行い、実現に向けて人を繋げていく場です。
みたか探索マップ事業とは
企画案を具現化する取り組みとして、2019(令和元)年からテーマを設定し、それに沿った事業を委員で企画実施しています。2022(令和4)年度以降は「みたか探索マップ」と称し、市内にある資源を発掘し、再発見した魅力(コンテンツ)をアーカイブ保存する事業に取り組んでいます。
地図
日本無線株式会社 三鷹事務所
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